65回目の終戦の日

今日、8月15日は65回目の終戦の日。

戦争を知らない我々のような世代の人間は、どれほど今日という日の重さを感じているだろうか?

戦争を体験した人達も高齢となり、語り手も少なくなってきた今こそ、改めてあの戦争がなんだったのか、見直すべきと思う。

体験者の多くが、辛い過去を思い出したくない、という気持ちであることは分かる。
だが、だからこそ、その想いを次世代に受け継がなければ、いつかまた同じ、悲しい過ちが繰り返されるかもしれない。

世界中で様々な紛争が続いているのが現実だ。

それぞれの思想、信念や利害、政治的・歴史的要因が絡み、単純に解決できるような問題ではないだろう。
しかし、同じ人間同士が殺し合い、傷付け合う状況が、正しいはずがない。

辛く悲しい戦争を乗り越えた日本だからこそ、残すべきものがあるはず。

先日、広島の原爆の日の式典に参加した高校生の記事を新聞で読んだ。こんなにも悲惨な現実があったとは知らなかった、と語っていたのが印象的だった。

また、先日の紙面にはB級戦犯として死刑となった元軍人の方の記事が載っていた。
死刑となる直前に家族に宛てて書かれた手紙も全文が掲載されており、読んで思わず涙が出た。
まだ幼い我が子と妻とに向けて語られる無念の想いは、戦争という悲惨な現実が残した大きな爪痕の痛ましさをこれでもかと感じさせた。

世界中でそんなことがたくさん起こっていたのだ。
いや、今も続いているのだ。

今回の広島の式典には、「核の無い世界」を目指し、各国の要人も参加した。
名目だけは無く、真の意味で平和な世界が訪れることを切に望む。

そのためには、我々が「知る」意識を持つことが欠かせないと痛感した。

カテゴリー: 時事, 雑記 — admin 9:06 PM  コメント (0)

日本は根拠のない嘘の罷り通る社会

参院選に向けて、選挙活動が続いている。

さすがにキレイ事ばかりを並べた公約はもう易々とは受け入れられないだろう。
たとえちょっと足りない有権者でも、これだけ裏切られれば、にわかな夢物語のマニフェストを鵜呑みにはできないはず。

そういう意味では、消費税10%を掲げた菅首相は潔いと思う。
「増税」の一言を、選挙前にあえて持ってきたことには並々ならぬ覚悟が感じられる。

実際、これだけ国の財政が傾いているのだから、増税も止むなし、というのは自分も賛成するところだ。
賛否両論あれど、決して一方的な非難を浴びるような方針ではないと思う。

もちろん、その後の具体的な方策がなければ意味が無いが、それはこれからの働き次第でおのずと見えてくるだろう。

さて、政治の話はこれくらいにして、「根拠のない嘘」の罷り通ってしまう社会について一言。

自分は、口だけでその場その場をしのぐ人を「胡散臭い」と称している。
「なんとかしますよ」と言って、結局なんともならない事例は山ほどある。
それなら最初から安易に「なんとかなる」などと言わないでほしい。

結局、「なんとかなる」ような根拠など、どこにもないのに、その場をうまくまとめるためだけに、平気で「なんとかなる」と言いきるのだ。

それを交渉のテクニックと称するのなら、大きな間違いである。
そんなことを続けていても、人の信頼は得られない。第一、一緒に仕事をしていて嫌がられる。

だが、そんな「胡散臭い」やりとりが平気で罷り通るのが日本の社会だ。

できないことはできないと言え。
分からないなら分からないと答えろ。
顧客や国民の機嫌だけ取るような営業や政治はするな。相手を愚弄しているようにしか見えない。

甘い部分だけ欲しいのは誰だって一緒だ。
だが、そんなおいしい話がそうそう転がっているわけがない。

だったら先に苦い部分があることもちゃんと伝えるべきだ。
その上で、理解してもらえるように十分な説明ができることこそが、本当の交渉のテクニックだろう。

そんな話をしたらクライアントにそっぽを向かれる、という言い訳は、職務放棄と同じではないだろうか。

自分の仕事に誇りを持っているのなら、リスクを説明した上で、それを上回るだけのメリットを提示してこそ、本物だろう。

自分の仕事に誇りを持てないというのなら、話は別だが・・・。

カテゴリー: 時事, 社会 — admin 12:03 AM  コメント (0)

オリンピックを見つつ思う

人を応援するとき、よく「頑張れ」と声をかける。

が、これはとても酷な言葉だ。

オリンピック代表に選ばれるような選手達が、頑張っていないはずがない。
頑張って、頑張ってつかんだ切符のはずだ。

その人の努力を知る由も無い自分が、ただ「頑張れ」というのは、非常に無責任な気がする。

でも、だからといって他にかける言葉が見つからない。

メダルを期待された選手が、そこに手が届かずに終わる。
頑張れとだけ無責任に叫んだ大衆は、落胆の色を隠そうともしない。

長く厳しい練習の末、葛藤と闘いながら、選手達は競技をおこなっている。

ちょっとだけ、オリンピックを見るのが辛い。

カテゴリー: 時事 — admin 9:51 PM  コメント (0)

殺人の時効

殺人罪の時効を廃止する刑事訴訟法改正案が、今国会中にも提出される見通しだそうだ。

裁判員制度の開始もあり、「罪」に対する国民の意識が大きく変わりつつあるのは事実だろう。

先日、ラジオを聞いていて、こんな話があった。

日本は死刑を廃止せずに続けているが、その実態があまりにオープンではない。もっと、その実状を国内、ひいては国外にまで周知しなければならない、と。

いつ、どこで、どのように、人が人の手によって裁かれているのか。それは決して人事ではない。

死刑を廃止する国が増える中、今こそその真実を見つめ直す必要があるのではないか。

番組では、無期懲役となり、23年間服役している方の声も伝えていた。
裁判員制度では、裁判員が量刑まで決める。その負担は大きい、と。

カテゴリー: 時事 — admin 9:29 PM  コメント (0)