日本は根拠のない嘘の罷り通る社会
参院選に向けて、選挙活動が続いている。
さすがにキレイ事ばかりを並べた公約はもう易々とは受け入れられないだろう。
たとえちょっと足りない有権者でも、これだけ裏切られれば、にわかな夢物語のマニフェストを鵜呑みにはできないはず。
そういう意味では、消費税10%を掲げた菅首相は潔いと思う。
「増税」の一言を、選挙前にあえて持ってきたことには並々ならぬ覚悟が感じられる。
実際、これだけ国の財政が傾いているのだから、増税も止むなし、というのは自分も賛成するところだ。
賛否両論あれど、決して一方的な非難を浴びるような方針ではないと思う。
もちろん、その後の具体的な方策がなければ意味が無いが、それはこれからの働き次第でおのずと見えてくるだろう。
さて、政治の話はこれくらいにして、「根拠のない嘘」の罷り通ってしまう社会について一言。
自分は、口だけでその場その場をしのぐ人を「胡散臭い」と称している。
「なんとかしますよ」と言って、結局なんともならない事例は山ほどある。
それなら最初から安易に「なんとかなる」などと言わないでほしい。
結局、「なんとかなる」ような根拠など、どこにもないのに、その場をうまくまとめるためだけに、平気で「なんとかなる」と言いきるのだ。
それを交渉のテクニックと称するのなら、大きな間違いである。
そんなことを続けていても、人の信頼は得られない。第一、一緒に仕事をしていて嫌がられる。
だが、そんな「胡散臭い」やりとりが平気で罷り通るのが日本の社会だ。
できないことはできないと言え。
分からないなら分からないと答えろ。
顧客や国民の機嫌だけ取るような営業や政治はするな。相手を愚弄しているようにしか見えない。
甘い部分だけ欲しいのは誰だって一緒だ。
だが、そんなおいしい話がそうそう転がっているわけがない。
だったら先に苦い部分があることもちゃんと伝えるべきだ。
その上で、理解してもらえるように十分な説明ができることこそが、本当の交渉のテクニックだろう。
そんな話をしたらクライアントにそっぽを向かれる、という言い訳は、職務放棄と同じではないだろうか。
自分の仕事に誇りを持っているのなら、リスクを説明した上で、それを上回るだけのメリットを提示してこそ、本物だろう。
自分の仕事に誇りを持てないというのなら、話は別だが・・・。