祖母の米寿
今日、祖母の米寿のお祝いに行ってきた。
久々に親戚一同が顔を合わせた。
なかなかない機会なのでとても有意義だった。
皆それぞれに年を取っているが、それは自分も同じこと。
どうやって年輪を刻むかがその人を作る。
祖母は芯の強い人。とにかく気丈でなんでも自分でこなす。
本当に尊敬してしまう。
とにかく、身体には気をつけてこれからも元気でいてください。
今日、祖母の米寿のお祝いに行ってきた。
久々に親戚一同が顔を合わせた。
なかなかない機会なのでとても有意義だった。
皆それぞれに年を取っているが、それは自分も同じこと。
どうやって年輪を刻むかがその人を作る。
祖母は芯の強い人。とにかく気丈でなんでも自分でこなす。
本当に尊敬してしまう。
とにかく、身体には気をつけてこれからも元気でいてください。
甥が自力で立った。
これまでは何かにつかまっていないと立ち上がることができなかったのだが、ここ数日でその場での自立を完全にマスターした。
骨格もずいぶんとしっかりしてきている。
抱くと、ずっしりと重い。
顔つきも心なしか人間らしくなってきた。
これまでは猿とさして変わらなかったが。
日々、成長する甥。
おじさんも負けないぞ。
甥が歩き始めた。
と、いってもまだまだおぼつかないが…。
先月末で1才になった甥。そろそろ歩いても、と思っていたところだった。
昨日はよろけながらも11歩。
今日は調子に乗ったのか、朝から派手に転んでしたたか頭を打ち、大泣きした。
こうやって、ちょっとずつ、成長していくのだな。
自分の子ではないが、なんだか親になったような気分。
こんな日々も悪くはないな。
甥とシャワーを浴びる。
1歳になったばかりの甥は、水を全く怖がらない。むしろ、シャワー浴びるとキャッキャと喜ぶ。
頭を流すときですら、嫌がる素振りもない。
自分がシャワーを浴びている間は、湯船(お湯は張らずにすべり止めのマットを敷いている)の中で、ぐずることもなく遊んでいる。桶にお湯を張ってやると、ばしゃばしゃする。
赤子の肌ってのはツヤツヤのプリプリですべすべだ。
洗っていても気持ちがいい。
それにしても、可愛いやつだ。
こんなに小さくても、ちゃんと生きている。
そう思いながら洗っている。
色々、とにかく色々なことがあった一年。
多分、一歳になるまでにこれほどまでに波乱万丈な時間を過ごした子供というのも少ないだろうというほど、色々なことを体験した甥。
おそらく、この一年の出来事は彼の記憶には残らないだろうが・・・。
記念すべき一歳の誕生日には、母親も父親もいない・・・。
いつかはこの現実と向き合わなければならない時がくるはずだが、今はそのことはまだ考えたくはない。
とにかく、今は今日という日を祝うだけだ。
生まれて初めてのケーキを食べた。
一升餅も背負った(泣きじゃくってひっくり返ったが・・・)。
プレゼントに、新しい椅子をもらった(座るとプーと音が出る)。
今日はそれだけ。明日のことはまた明日考えればいい。
君のこれからの人生、決して平坦でないことだけはすでに明らかだ。
だが、だからこそ、強く生き抜いてほしい。
そう願わずにはいられない。
病院を脱走した妹が、ひょっこり現れた。
今後の自立のために仕事を始めると言う。
周囲にさんざん迷惑を掛け、連絡のひとつも寄越さなかったくせに、仕事が決まっていざ事務手続きが必要になったからと、通帳だのなんだのを取りに来たのだ。
子供をこっちに預けっぱなしで、である。
面倒を見に来るでも無い。
まあ、仮に引き取ると言われても、今の妹にまかせる気などさらさらないのだが。
連絡をしても、「仕事が忙しくて考える余裕が無い」そうだ。
挙句、「皆で私の幸せを妨害する。私の権利は?」という旨の主張を繰り返し、まるで話にならない。
どう対処すればいいのだろうか?
強引にでも病院に連れ戻すべきか。
だが、「強引に」は避けるべき、とは多くのサイトや書籍で見た。確かに、それでは根本解決にはならない。
それに、前回は脱走されているわけだし、病院に入れることにも疑心暗鬼になる。
本人の中でも自分が病気であるなどという観念は今はからっきしないのだろう。
当然、薬も飲んではいない。
何をやっても裏目に出て、ここまできた。
これからも、何をやっても裏目に出そうで怖い。
9ヶ月の甥っ子を連れて、母と3人で旭山記念公園に行ってみた。
風が若干強かったが、あたたかく、なかなかの行楽日和。
犬の散歩も可とあって、犬同伴で来ている人も多かった。

駐車場にあった地図。

周囲はたくさんの木々。
まだ花も葉もなく、寂しいが・・・。

展望台から札幌の街を望む。
公園自体が高台にあるため、眺めは良い。
展望台は円形の広場からすり鉢状にせり上がった構造をしている。

展望台広場から振り返ってみる。
段々になった構造がまるで闘技場か何かのよう。
もう少しすれば、花も咲き、綺麗になるだろう。
だが、仕事柄、どうしても引きこもりがちな自分には、いいリフレッシュになった。
赤ん坊が夜泣きを覚えた。
最近めっきり眠りが浅く(?)夜中になんどもぐずる。
今もぐずった。
とりあえず、あやしてみるが、てんでダメ。
鳴き声を聞きつけて親父がやってきた。
親父があやすとあっという間に泣き止む・・・。
子供は正直だな。俺がおっかなびっくりあやしているのを敏感に感じ取っているのだろう。
妹が失踪した。
これでもう何度目だろうか。
入院先の病院から、わずかな隙に姿を消した。
しんしんと雪の降る真冬の街に、上着も着ずに、だ。
正直、もうどうしていいかわからない。
赤ん坊は、俺が抱くと泣く。
父や母は、さすがにうまくあやす。
俺の抱き方がぎこちなく、そして俺自身が「不安を感じ」ていることを、敏感に察知しているのだろう。
正直に言うと、よだれをたらされたり、鼻水を引っ掛けられたり、ミルクを戻されたりしそうで、気が気ではないのだ。
情けないが、それが現実。
世の中の「親」と呼ばれる人、全てを尊敬する。
育児は自己犠牲の上にしか成り立たないのだな。